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あれから一年・・・・
息子が学校を休み始めたのが去年の10月初旬。
それからの一年は、よく泣き、胸を痛めることの多い一年でした。
それまで「不登校」という言葉はよく耳にすることはありましたが、まさか自分の息子がそういうことになるなんて思いもしませんでした。
カウンセリングを受けさせ、その甲斐あってか何とか学校の門をくぐることはできましたが、クラスに入ることはできず、長い間保健室登校が続くことに。
春になり、進級した新しいクラスで心機一転頑張っていけるかに思えたのですが、やはりダメ・・・・
修学旅行も参加するつもりで荷物を用意し、当日制服を着て玄関まで行ったのですが、それ以上進むことはできませんでした。
行きたい気持ちはたくさんあったと思います。けれど不安に打ち勝つことができなかった。
辛そうな息子の表情を見て、息子がかわいそうでかわいそうで、涙を止めることがなかなかできませんでした。
後日個人懇談のために学校へ行った時、廊下に掲示されていたたくさんの修学旅行の写真やレポートを見て、胸が痛みました。
一生の思い出になるはずの修学旅行、楽しそうな同級生たちの中に、息子の姿があってほしかった。
そんな辛いこともありましたが、その後さまざまなことを経て、高校進学のこともあり、息子も今のままではまずい、ずいぶん自分は甘えていたと、自覚し反省もしたようです。
6月ごろようやく教室に入ることができ、初めはすぐに帰ってきてしまいましたが、徐々に長く授業も受けるようになり、今は普通に通えるようになりました。
まだまだ不安はあります。
毎朝息子を送り出してから数時間は、また途中で登校できなくて戻ってくるのじゃないかと胸をドキドキさせています。(一日のうちで私の一番嫌いな時間です
)
それでもクラスに入ることのできなかった時期の息子に比べると、今は見違えるように明るくなりました。少しずつ自信もついてきたのかもしれません。
この一年、息子の心配ばかりして過ごしておりましたが、ようやく自分のために何かしようという気持ちを持てるようになってきました。
大好きなお菓子作りも全く手につきませんでしたがまた焼きたくなってきましたし、ブログも更新せねばと思っております
そうそう、自分のための服や鞄も買いに行きたいなあ。
今年はロングブーツを履いてみたいけど・・・私の足の太さじゃあ無理だろうか・・・^^;
まずやるべきことは、ダイエットかもしれない・・・
悩ましい、食欲の秋です
それからの一年は、よく泣き、胸を痛めることの多い一年でした。
それまで「不登校」という言葉はよく耳にすることはありましたが、まさか自分の息子がそういうことになるなんて思いもしませんでした。
カウンセリングを受けさせ、その甲斐あってか何とか学校の門をくぐることはできましたが、クラスに入ることはできず、長い間保健室登校が続くことに。
春になり、進級した新しいクラスで心機一転頑張っていけるかに思えたのですが、やはりダメ・・・・
修学旅行も参加するつもりで荷物を用意し、当日制服を着て玄関まで行ったのですが、それ以上進むことはできませんでした。
行きたい気持ちはたくさんあったと思います。けれど不安に打ち勝つことができなかった。
辛そうな息子の表情を見て、息子がかわいそうでかわいそうで、涙を止めることがなかなかできませんでした。
後日個人懇談のために学校へ行った時、廊下に掲示されていたたくさんの修学旅行の写真やレポートを見て、胸が痛みました。
一生の思い出になるはずの修学旅行、楽しそうな同級生たちの中に、息子の姿があってほしかった。
そんな辛いこともありましたが、その後さまざまなことを経て、高校進学のこともあり、息子も今のままではまずい、ずいぶん自分は甘えていたと、自覚し反省もしたようです。
6月ごろようやく教室に入ることができ、初めはすぐに帰ってきてしまいましたが、徐々に長く授業も受けるようになり、今は普通に通えるようになりました。
まだまだ不安はあります。
毎朝息子を送り出してから数時間は、また途中で登校できなくて戻ってくるのじゃないかと胸をドキドキさせています。(一日のうちで私の一番嫌いな時間です
)それでもクラスに入ることのできなかった時期の息子に比べると、今は見違えるように明るくなりました。少しずつ自信もついてきたのかもしれません。
この一年、息子の心配ばかりして過ごしておりましたが、ようやく自分のために何かしようという気持ちを持てるようになってきました。
大好きなお菓子作りも全く手につきませんでしたがまた焼きたくなってきましたし、ブログも更新せねばと思っております
そうそう、自分のための服や鞄も買いに行きたいなあ。
今年はロングブーツを履いてみたいけど・・・私の足の太さじゃあ無理だろうか・・・^^;
まずやるべきことは、ダイエットかもしれない・・・

悩ましい、食欲の秋です

日本がこんなことになってしまうなんて、あの震災前に誰が想像したでしょう。
野菜も肉も魚も乳製品も・・・何も心配することなく安心して口にすることができたものが、これは放射能に汚染されているのではないだろうかと心配しながらお店で選ばなくてはなりません。
放射能というものは本当に厄介なものです。
人間の手には負えないもののような気がします。
一度計算が狂ってしまうと、もう手の施しようがなくなってしまう。
ずっと昔、私たちの祖先は、動物たちの恐れる火というものを使いこなすことによって、人類としての一歩を踏み出していったのでしょう。
今の私たちは、原子力というものを手に入れ、昔祖先が火を征服したように原子力を征服したかに思えましたが、そうではなかった。
原子力の力は、私たち人間の力の到底及ばないものだった。
私にはそう思えます。
日本の子供たちのために、どうか私たちが進むべき道を誤ることがありませんように。
(まったく話は変わりますが)来週、息子のことであることが決まります。
どうかよい結果でありますように。
それを機に創作活動も再開できたらと思っています。

photo by soraironochizu
野菜も肉も魚も乳製品も・・・何も心配することなく安心して口にすることができたものが、これは放射能に汚染されているのではないだろうかと心配しながらお店で選ばなくてはなりません。
放射能というものは本当に厄介なものです。
人間の手には負えないもののような気がします。
一度計算が狂ってしまうと、もう手の施しようがなくなってしまう。
ずっと昔、私たちの祖先は、動物たちの恐れる火というものを使いこなすことによって、人類としての一歩を踏み出していったのでしょう。
今の私たちは、原子力というものを手に入れ、昔祖先が火を征服したように原子力を征服したかに思えましたが、そうではなかった。
原子力の力は、私たち人間の力の到底及ばないものだった。
私にはそう思えます。
日本の子供たちのために、どうか私たちが進むべき道を誤ることがありませんように。
(まったく話は変わりますが)来週、息子のことであることが決まります。
どうかよい結果でありますように。

それを機に創作活動も再開できたらと思っています。

photo by soraironochizu
明日を信じて
3月11日 この日を境に日本は、日本人は大きな試練に立ち向かって歩んでいかなくてはならなくなりました。
あの日から今まで、私の心には様々な思いが交錯し落ち着かない日々をおくっています。
人間にはどうしようもできない自然の脅威。
愛する人を失い、自分の家や町、仕事を失った人々への思い。
自らの安全さえも顧みず、被災した人のため日本のために働く、多くの勇敢で優しい人々への畏敬の念と感謝の思い。
目に見えない放射能への恐怖。
そしてそれらのことに対して自分がなす術を持たないもどかしさ。
私の胸にある思いは自分でもどう言い表していいのかわかりません。
でもきっと多くの日本人が私と同じような言葉に言い表せないものをを抱えて今生活しているのだと思うのです。
こんなにも近く日本人同士の心と心が寄り添ったことが、今までにあったでしょうか。
失ったものは大きく、今だ自然や放射能への脅威は重く日本にのしかかってはいますが、私たちは今まで気が付くことのなかった大切な宝物を手に入れたような気がします。
大丈夫、今の日本人ならきっとこの困難を乗り越えていきます。
幸せな明日を信じて生きていける自分でありたいと思います。

photo by sorairo no chizu
あの日から今まで、私の心には様々な思いが交錯し落ち着かない日々をおくっています。
人間にはどうしようもできない自然の脅威。
愛する人を失い、自分の家や町、仕事を失った人々への思い。
自らの安全さえも顧みず、被災した人のため日本のために働く、多くの勇敢で優しい人々への畏敬の念と感謝の思い。
目に見えない放射能への恐怖。
そしてそれらのことに対して自分がなす術を持たないもどかしさ。
私の胸にある思いは自分でもどう言い表していいのかわかりません。
でもきっと多くの日本人が私と同じような言葉に言い表せないものをを抱えて今生活しているのだと思うのです。
こんなにも近く日本人同士の心と心が寄り添ったことが、今までにあったでしょうか。
失ったものは大きく、今だ自然や放射能への脅威は重く日本にのしかかってはいますが、私たちは今まで気が付くことのなかった大切な宝物を手に入れたような気がします。
大丈夫、今の日本人ならきっとこの困難を乗り越えていきます。
幸せな明日を信じて生きていける自分でありたいと思います。

photo by sorairo no chizu



